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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2555号 判決

控訴人

株式会社坂元建設

右代表者代表取締役

坂元次夫

右訴訟代理人弁護士

飯田昭

被控訴人

伊東政男

右訴訟代理人弁護士

右田堯雄

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

1  控訴人の第一次的請求を棄却する。

2  被控訴人は控訴人に対し、金七六五万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の第三次的請求を棄却する。

二  被控訴人の当審で追加した第二次的請求を棄却する。

三  控訴費用は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

四  この判決は、第一項の2に限り、控訴人が金二五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2(第一次的請求)

被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和六〇年八月一日から右明渡済みまで一か月一〇万円の割合による金員を支払え。

(第二次的請求)

右建物は控訴人の所有であることを確認する(当審で追加)。

(第三次的請求)

被控訴人は控訴人に対し、金一四七一万九七二四円及びこれに対する昭和六〇年一二月二九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は、第2(第二次的請求を除く。)、第3項に限り、仮に執行することができる。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審で追加した請求を棄却する。

3  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加・訂正するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表六・七行目の「代金二九〇〇万円で、」の次に「同社が被控訴人から請け負っていた」を、同一〇行目の「建築工事をして、」の次に「鉄骨造建物の躯体工事と一応の外壁工事を仕上げ、」を各加え、同裏三行目の「中止させ、」を「中止させたが、それより前の同月一七日住吉建設株式会社より破産の申立てがなされた旨の通知を受け、そのことで善後処置の協議がなされた際、」に改め、同五行目の「申し出」の次に「、交渉の末、同月二二日には被控訴人から、続行工事につき二〇〇〇万円で請負契約を締結したい旨求められ、これを承諾して翌二三日から右工事を再開し」を各加える。

二  同三枚目表四・五行目の「行なっているが、」の次に「控訴人の下で不動産たる建物と認められる状態にまで仕上げられていたのに、」を、同裏三行目から同六行目までを、

「1 第一次的に、所有権に基づき、本件建物の明渡し及び被控訴人が占有・使用を始めた日である昭和六〇年八月一日から右明渡済みまで本件建物の相当賃料額である一か月一〇万円の割合による金員の支払。

2 第二次的に、所有権に基づき、本件建物が控訴人の所有であることの確認。

3 第三次的に、民法二四八条、七〇四条に基づき、償金一四七一万九七二四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月二九日から支払済みまで民法所定年五パーセントの割合による遅延損害金。」

に、同八行目の「請求原因四、」を「請求原因四のうち控訴人主張の請負契約成立の事実を否認し、その余及び」に各改め、同一〇行目の「七」の次に「八」を加え、同末行目の「第五 被告の主張」を「なお、次のとおり控訴人は、本件建物の所有権を取得し、あるいは、償金請求権を取得するに由ないものである。」に改める。

三  同四枚目裏九行目の記載に続けて「しかも、被控訴人は右一括下請負について右会社倒産に至るまで知らなかった。」を加え、同一〇行目から同五枚目表三行目までを次のとおり改める。

「七 以上のような特段の事情の下においては、下請負人である控訴人は、元請負人である住吉建設株式会社が注文者である被控訴人に本件建物ないしは建築途中の本件建前の所有権を移転するのを補助するいわゆる履行補助者の立場にあると言うべきであって、控訴人は、たとえ自ら材料を提供して施工したとしても、当該工事の目的である右各物件の所有権を被控訴人に対し主張することができないものである。

そのことは、また、建設業法二二条が一括下請負を禁止した趣旨からも言いうるところである。すなわち、一括下請負の禁止は、下請負人の利益のためのものではなく、注文者保護のためのものであるから、注文者の書面による承諾その他注文者の関与なくしておこなわれた一括下請負契約のために、それが行われなかった場合よりも注文者に不利益となるような結果を来すことは、利益衡量上許されるべきではなく、右一括下請負禁止の規定に違反した下請負人には、当該下請負から生じる不利益を帰せしめ、もって注文者の保護が図られるべきである。

したがって、本件建前及びこれに被控訴人が別の請負人(株式会社稲富)に工作を加えさせて完成した本件建物の所有権は、被控訴人に帰属するものと言うべきであるから、それが控訴人に帰属することを前提としてなされた控訴人の第一次的請求及び第二次的請求は、いずれも理由がない。

八 右のとおり、本件建前の所有権は法律上被控訴人に帰属するに至ったものであるから、被控訴人は法律上の原因を欠く受益者ではなく、また、本件建前の所有権が法律上控訴人に帰属すべきものでない以上、控訴人が損失をうけたものと言うことはできない。したがって、民法二四八条、七〇四条に基づく控訴人の第三次的請求も失当である。

第五  被控訴人の主張に対する控訴人の反論

一  被控訴人は、被控訴人が住吉建設株式会社に請け負わせた本件建物建築工事を同社が控訴人に一括して請け負わせた事実について、昭和六〇年四月下旬には知っていたか、又は少なくとも容易に知りえたものである。

二  控訴人と住吉建設株式会社の間に締結された下請負契約には、控訴人が施工した出来形部分が同社の所有に帰する旨の約定はなされておらないから、被控訴人と同社の間に被控訴人主張のような出来形部分に関する所有権移転の約定がなされていても、それによって本件建前の所有権が被控訴人に帰属するに由ないものであり、そのことは本件建前に工作を加えて完成した本件建物についても同様であると言うべきである。

三  およそ工事の注文者は、その優越的地位を利用して、請負人(元請負人)側に人的保証を求めるのが建設業界における常態であるから、これを怠った注文者である被控訴人は請負人(元請負人)である住吉建設株式会社倒産による不利益を負担すべきであり、その不利益を下請負人である控訴人に帰せしめるのは、一括下請負が日常的に行われている実情に照らし、利益衡量上相当でないと言うべきである。

第六  被控訴人の抗弁

仮に、控訴人主張の償金請求権が発生するとしても、下請負人である控訴人は、元請負人である住吉建設株式会社が注文者である被控訴人から支払を受けた請負代金から控訴人が施工した出来形部分(本件建前)に相応する下請負金の支払が受けられるように努め、また、自己の下請代金債権の支払を確保するため、物的・人的保証を求めるなど適切な方策を講じておくべきであったのに、これを怠ったのであるから、その受けた損失は自ら招いたものと言うほかはなく、控訴人自らの責めに帰すべき損失拡大についての寄与率は七五パーセントを下らないものである。そして、控訴人の下請代金は二九〇〇万円であり、控訴人施工の出来形部分(本件建前)は27パーセントないしは27.7パーセントであるから、それに相応する下請代金額について控訴人の損失額が算定されるべきである。

第七  抗弁に対する控訴人の認否

否認する。

なお、被控訴人が主張するように、下請負人から元請負人に物的・人的保証を求めることは、実際上不可能であり、建設業界における実情を無視したものである。」

第三 証拠関係〈省略〉

理由

一原判決理由一の説示(原判決五枚目表七行目から同八枚目表九行目まで)は、次のとおり訂正・追加するほか、当裁判所の判断と同じであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表九・一〇行目の「原告代表者本人尋問」から同裏六行目の「認めることができ、」までを「〈証拠〉によると、次の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉中この認定に反する部分は信用できず、他に」に改める。

2  同六枚目裏七・八行目を「三階建ての鉄骨構造が完成し、屋上部分は陸屋根で、全面にわたりA・L・C(耐火性のコンクリートブロック様のもので中に鉄筋が入っている)を張り、この中に鉄筋を鉄骨に熔接していたが、その上に防水シートを張って厚さ五センチメートルのモルタルを塗るべき工事が未了のため、雨が降れば漏る状態にあり、三階及び二階の部分は、外壁及び間仕切りとしてA・L・Cを右同様鉄骨に熔接していたが、外壁面に施工することになっていたモルタルを塗る工事及び出入口・窓の開口部にサッシ・ガラス・扉等を取り付ける工事が未了であり、一階の部分は、左右の両外壁面として右同様A・L・Cを熔接したにとどまり、前後の両外壁は未施工のままであった。」に、同九・一〇行目の「29.83パーセント」から同七枚目表一行目までを「26.4パーセントである。」に各改める。

3  同七枚目表三行目の「昭和六〇年三月一〇日」を「昭和六〇年三月二〇日」に、同六行目の記載に続けて「控訴人は右会社の経営が苦しいことを聞知していたが、仕事があれば持ち直すものと思って同社との間の下請負契約の締結に応じたもので、同社の倒産は予想外の出来事であった。また、昭和六〇年五月一〇日に上棟工事が完了したが、それまでの工事分につき支払がなされることになっていた請負代金債権の内金五八〇万円は、その支払日である同年六月一五日より前に同社が倒産したために支払がなされないで終った。」を加え、同裏六行目の「原告は」から同七・八行目の「締結されなかった。」までを「控訴人代表者は、昭和六〇年六月一七日被控訴人との間で住吉建設株式会社倒産後の処置について協議した際、本件建物建築の続行工事を三〇〇〇万円で請け負わせてもらいたい旨申し入れ、同月二二日の話合いでは請負代金を二五〇〇万円まで下げたが、被控訴人から二〇〇〇万円以上では無理であるとの返答しか得られなかったので、代金額についてはなお検討したい旨述べ、場合によっては被控訴人の申し出た金額で折れ合うことになってもやむを得ないものと考え、とりあえず予定の工期に間に合うように工事を進めることとし、翌二三日から工事を再開していたところ、」に改める。

4  同八枚目表四行目の「昭和六〇年一〇月三一日」を「昭和六〇年一〇月二六日」に改める。

二第一次的請求及び第二次的請求について

1 前記一の事実によると、控訴人が自ら提供した材料をもって建築した本件建前は、鉄骨構造の組立てを済ませ、これにA・L・Cなるコンクリートブロックを熔接して屋上(陸屋根)部分及び外壁の大部分を形成したものであるとはいえ、屋上の防水工事が未了のため降雨をしのぐに足りず、その他各階の出入口・窓等の開口部がそのままの状態で残されているなど未完成の部分が多く、建物としての本質的機能をそなえていなかったと認められるから、いまだ不動産たる建物とはなっていなかったと解するのが相当である。そして、その後、被控訴人が別の請負人である株式会社稲富に工事の続行を依頼し、同社において控訴人が建築した本件建前に同社の提供した材料を供して工事を施し、建物として完成させたものであり、前記事実関係に照らし、株式会社稲富の施工価格と右材料の価格の合算額は本件建前の価格を優に超えるものと認められるから、本件建物の所有権は株式会社稲富に原始的に帰属し、その所有権は同社と被控訴人の間の合意により被控訴人に移転されたものと認めるのが相当である。

2  そうすると、控訴人は本件建物の所有者ではないことになるから、控訴人の本件建物所有権に基づく第一次的請求及び第二次的請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく、失当としてこれを棄却すべきである。

三第三次的請求について

1 右に説示したように、本件建前は、建築工事の請負人たる控訴人がすべての材料を提供して施工した出来形部分であるから、これの所有権が控訴人に帰属すべきは当然である。ただ、前記一の事実によると、控訴人と住吉建設株式会社との間の請負契約は下請負契約であり、被控訴人と住吉建設株式会社の間の元請負契約には、被控訴人は工事途中で右契約を解除することができ、その場合同社が施工した出来形部分の所有権は被控訴人に帰属する旨の条項が設けられ、昭和六〇年六月二一日右契約の解除がなされているのであるが、右特約条項は注文者と元請負人との間の約定であって、下請負人を拘束するものではなく、住吉建設株式会社と控訴人の間の下請負契約には、控訴人が施工した出来形部分の所有権の帰属に関する特約はなされていなかったのであるから、右元請負契約の解除により直ちに本件建前の所有権が被控訴人に移転する理はないと解される。建設業法が一括下請負を禁止していることは被控訴人主張のとおりであるが、この規定は行政上の取締法規であって私法上の権利関係に直ちに影響を与えるものではないから、右判断を左右するに足りない。そうすると、本件建前の所有権は被控訴人の契約解除の意思表示にもかかわらず控訴人に帰属していたものであるところ、この所有権は、前示の被控訴人と株式会社稲富との間の請負契約の締結及び建築工事の施工により、本件建物が完成し、建前が建物の構成部分となったことによって失われたものであり、その結果、控訴人は本件建前の価格相当の損失を被ったものといわなければならない。もっとも、控訴人は住吉建設株式会社に対して請負代金債権を有するが、建物を完成して引き渡す義務を免れるわけではないから、本件建前の所有権が失われた以上、損失ありとみるに妨げはない。そして、本件建物の所有権は株式会社稲富に帰属し、ついで被控訴人に移転したものではあるが、被控訴人と株式会社稲富との請負契約は前述の経緯上、本件建前に材料を供して工事を施し建物として完成することを内容としており、その請負代金も本件建物の価額中本件建前分を除外した部分に対し支払われているのであるから、本件建前の価額相当の利得は被控訴人にあって株式会社稲富になく、かつ、被控訴人の利得と控訴人の損失との間には因果の関係があるものと解するのが相当である。

被控訴人は、本件建前の所有権が被控訴人に帰属し、控訴人から失われるのは、法律的効果によるものであるから、被控訴人は法律上の原因を欠く受益者ではなく、控訴人は損失を受けた者ではない旨主張する。思うに、一定の事実の発生に伴って当事者の意思にかかわりなく法律の規定によって財産権の得喪変更が生じる場合があるが、かかる場合における利益が不当利得となるや否やは当該の規定の趣旨によって定まることであり、一般に法律の規定によって生ずる利得が必ず法律上の原因があると言えるものではないから、被控訴人の主張は失当であり、被控訴人は民法二四六条、二四八条の規定に従い控訴人に対し償金を支払う義務を有するものと言うべきである。

2  被控訴人は、抗弁として、控訴人側にも損失拡大につき帰責事由が存するから、これを償金額の算定につき考慮すべきである旨主張する。しかし、前記事実関係によると、控訴人は、住吉建設株式会社の経営が苦しいことを聞知していたが、仕事があれば持ち直す程度のものと思っていたのであり、また、下請負人が元請負人に近い立場にあることが多いとはいえ、一般に他社の経営の実態を外部から把握することは極めて困難であることは明らかであり、控訴人が下請負代金の支払を全く受けていないのも、最初の支払分の支払日のすぐ前に住吉建設株式会社が倒産したためであること等を考慮すると、控訴人が本件の損失を被ったことにつき自身に帰責事由があったとするのは酷に失するものというべきであるから、右抗弁は採用できない。

3  以上によれば、被控訴人は本件建前の価格相当の利得を得、反面控訴人はこの価格相当の損失を被ったものであって、控訴人は被控訴人に対しこの価格を償金として請求できるものであるところ、その額は、前認定の事実関係に照らし、控訴人が本件建物建築工事が完成したときに受けるべき下請負代金額を基準とし、控訴人が施工した出来形部分(本件建前)の完成建物(本件建物)に対する出来高割合によって算定するのが相当であり、控訴人の受領すべき下請代金額は二九〇〇万円、本件建前の出来高割合は26.4パーセントであるから、結局七六五万六〇〇〇円と認めることとする。

4  そうすると、控訴人の第三次的請求は、償金七六五万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが訴訟記録上明らかな昭和六〇年一二月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

四よって、控訴人の本件控訴は一部理由があるから原判決を右のとおり変更し、控訴人が当審で追加した第二次的請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今中道信 裁判官仲江利政 裁判官上野利隆)

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